Q&A
2025年11月25日 火曜日
土地と安全保障──日本における防衛目的の土地利用をめぐって
最近、日本の土地利用と安全保障に関する議論が増えている。外国人が購入した土地が安全保障上の脅威になるのではないか、という声がある一方で、日本国内にはすでに防衛目的で土地を利用する制度が長く存在していることは、あまり一般には知られていない。
戦前の旧土地収用法は軍事利用のための土地収用を明確に認めており、陸軍や海軍の基地建設のため、多くの民有地が強制収用された。しかし戦後、現行の土地収用法が制定される際には軍事目的の条項が削除され、公共事業に限定された。条文上は防衛のための土地収用は対象外となり、ここで多くの人が「戦後の日本において軍事目的の収用はなくなった」と理解する。
しかし、その後の法解釈や特別法の制定によって、現実には防衛目的で土地が利用される仕組みが存在している。自衛隊基地の整備については、「自衛隊施設は公共の利益に資する」とする政府の解釈により土地収用法の適用が可能とされている。実務上は地主との任意交渉が基本であり、強制収用にまで至るケースは例外的とされるが、それでも制度として可能性が存在する。
米軍基地についてはより直接的で、駐留軍用地特措法に基づき、地主が契約更新を拒否しても、収用委員会による裁決により土地の使用継続が可能となる。沖縄では嘉手納基地やキャンプ・ハンセンなどでこの手続きが繰り返された歴史があり、「一坪反戦地主」のように、土地を細分化し、複数の共有者を設定することで抵抗を示す動きも見られた。
現在の自衛隊基地や米軍基地の多くは、元をたどると戦前の旧日本軍用地であり、戦前に収用された土地が戦後に引き継がれ、現在も防衛関連施設として使用されている例が少なくない。このように日本の土地と防衛利用は、戦前から戦後、そして現代までの連続性の中で捉える必要がある。
外国人による土地所有への懸念は理解できるが、日本国内ではすでに土地が防衛目的で利用される制度的枠組みが存在し、それは長らく運用されている。この点を見落とすと、「外国人土地所有だけが問題である」という誤解につながる。
よくある誤認として、「戦後の日本では軍事目的で土地は使われない」「地主が拒否すれば国は土地を使えない」「土地収用は国家権力の乱用である」といったものがあるが、実際には制度上、一定の条件の下で土地の強制使用や収用が可能であり、それは基地に限らず、道路・河川・鉄道・災害復旧等ほかの公共事業でも行われている。土地は個人の財産であると同時に、公共性と地政学的意味を持つ存在でもあり、所有権は絶対ではなく、公共の利益とのバランスの中で位置づけられている。
土地とは誰のものか。所有にはどこまでの権利があるのか。国家はどの範囲で土地に介入できるべきか。そして国民としてこの現実をどう理解するべきか。
国家の安全と個人の権利は、どちらか一方だけで完結するものではなく、それらは常に互いの存在を必要としている。その接点にこそ、私たちの社会の成熟が問われているのかもしれない。
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